肺ガンでした。享年73歳。
今月に入ってから、ずっと危険な状態が続いていて、
医師からも「身内の方に知らせてください」
と言われていたので、覚悟をしていたものの、
亡くなる直前まで、
家族としっかりと会話をしていたので
その瞬間は、「えっ?」って感じでした。
昨年、実妹をガンで亡くしたときは、
彼女は数日前から昏睡状態に陥り、
あまり痛がらずに
静かに息を引き取りましたが、
父の場合は、ガンによる強い痛みに
ずっと苦しんでいたので、
とても本人に「長生き」を強いることができず、
主治医には、延命治療よりも緩和処置を
お願いしていました。
母と妹は、2週間連続で病院に泊まり込み、
まさに不眠不休の看護を頑張りました。
10月5日、突然大量の吐血。
そのときも家族が呼び出され、
「今晩が危ないです」と言われました。
とりあえず、胃の中の出血を止めるために、
胃カメラを飲みながら外科手術をし、
それが成功したことで、一時的に出血がおさまり、
その夜を乗り切りました。
そして翌日からまた
強い鎮痛剤を投与しながら
がんばり続けた父は、
最後の一週間は自分の葬儀のこと
ばかりを心配していました。
自分の葬儀に関する希望ではなく、
「近所や親戚の人たちへのお礼を忘れないように」。
それが気がかりだったようです。
そして、長女の私の名前を呼び、
「自宅の引き出しに、ノートが入っているから
それをすぐに読むように」
と言うので、すぐに病院から自宅に戻り、
父の机の引き出しの中を見ると…、
父の直筆で表紙に『肺ガン』と書かれたノートが
一冊入っていました。
そこに書かれていたのは、
自分の葬儀のときに連絡してほしい友人の名前。
自分がお世話になった人たちの名前。
そして、最後のページには、
私が一番見たくなかった
「家族宛の最後のメッセージ」が
あったのです。
「妻へ」「娘たちへ」「母へ」「孫たちへ」「自分の兄弟へ」
一人ひとりに向けた感謝の言葉が
書かれていました。
そして文章の最後は…、
「さようなら 父より」
でした。
まだ生きているうちに
父のこんな文章を読んでしまって
悲しくて悲しくて
涙が止まりませんでした。
父がどんな気持ちでこの文章を書いたのか、
その気持ちを思うと
もう父とはうまく会話を続ける自信が
なくなってしまいました。
気を取り直して、病院に戻り
父に「読んだよ!」と言うと、
静かにうなずいていました。
そして、痛みをこらえながらも、私と妹に
「お前たちには何も財産を残してやれなかったなあ」
と申し訳なさそうに言うので、
「ううん、親からの愛情と教育が
何よりの贈り物だから、私たちは大満足だよ!」
と私がいうと、
また静かに「うんうん」と
うなずいていました。
その三日後に、父は息を引き取りました。
一昨日、無事に初七日の法要をすませ、
ようやく落ち着いてきたので
ここに報告させていただきました。
お世話になったみなさまに
心から感謝いたします。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

