行ってきました。
ご遺族の話によれば、
亡くなられたK先生は、日課である犬の散歩を終えたところで、
突然倒れ、救急車で病院に搬送されたものの、
一時間で息を引き取られたそうです。まさに突然死…。
享年67歳でした。
K先生は、専門は数学科の先生でしたが、
部活動では水泳部の顧問として、
「インターハイ○○年連続出場」を果たし、
公職では、水泳協会や水泳連盟の役員もされていました。
その関係で、お通夜の席には、
水泳関係者、教員仲間、卒業生たちが
大勢参列し涙しておりました。
当時「体育専門コース」の生徒だった私は、
K先生には3年間クラス担任をしていただき、
また3年間、数学を教えていただきました。
K先生は、いつも温厚で、少しも強制的なところがなく、
「うちのクラスの誰かがインターハイで優勝したら、
市内パレードしよう!」
と元気づけてくれる明るい先生でした。
最後に、ご遺族の挨拶があり、
K先生のご長男がスピーチされました。
「僕が生まれたときから、父は毎日
学校と水泳ばっかりでした…」。
この言葉に、卒業生(50〜20歳代)は全員号泣。
改めて、先生の情熱とご家族のご協力に対し、
心の中で感謝いたしました。
棺の中で安らかに眠っているK先生との
最後のお別れの挨拶を済ませ、
出口に向かうと、
急に雨が振り出してきたせいで
玄関ロビーは大勢の人でガヤガヤしていました。
その中には、私の知っている顔もいっぱいあって、
他の人たちも互いに再開を懐かしんでいる
光景があちこちで見られました。
あれから30年…
学校関係者(現職&OB)の変化にびっくり!
当時、若かった男性教諭は、
今ではすっかり頭と顔の区別がなくなり、
当時、気取っていた独身女性教諭は、
今では全身のクビレがなくなり、
「次はオレの番かな?」と
本音か冗談か区別できない発言で
周りをシーンとさせる老人(元先生?)がいたり、
私のクラスの元副担任(女性)は、
話す内容も容姿もすっかりおばさんになっていたり…。
なんだか浦島太郎状態でした。
こうして人生の折り返し地点を過ぎた今、
慶事の機会はめっきり少なくなって、
懐かしい人たちとの再会場所の定番が、
「葬儀場」っていうのも、なんだかねえ…。
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