最近、講演会やセミナーなど、
人前でお話をする機会が増えてきました。
よほどの理由がない限り、自分のためにも
お引き受けようと思っていますが、
講師が私と決まってから、
参加希望者を募るのはいいにしても、
受講者の方が先に決まっていて、
その人たちの刺激になるような話を依頼されると、
不安で尻込みすることもあります。
実は、私の記念すべき第1回目の講演は、
思い出しただけでも赤面してしまうほどの見事な大失態!
母校の全校生徒の前で
「バドミントンで学んだこと」と題しての講演でした。
当時、原稿を見ながら話すのは、
「頭が悪い証拠」と勘違いしていた私は、
前日までに話の要点をまとめ、
しっかりと暗記して会場入りしました。
しかし、当日の朝、
予想外のことが起きてしまいました。
自分自身について
「私はこんなにも緊張する人間だったのか!」
ということを初めて知ることになり、
ガタガタと震えがとまらなくなってしまったのです。
極度の緊張で頭の中が真っ白になり、
途中で何度もつかえながら、
思いつくままに、早口でしゃべって帰ってきました。
そして「絶対に、二度と人前では話さない」と
心に誓いました。
ところが、です。
あるとき、主人の仕事の関係者から
「市民の前で、仕事と育児の両立について何か話して欲しい」
と依頼がありました。
当時、私には3歳になる息子が一人いて
何もかも初めての育児に、毎日四苦八苦の状態でした。
しかし、平日はお義母さん(元看護婦)が自宅で息子の
面倒を見てくれていましたので、
「育児責任」が半分以下のような私が、
市民のみなさんの前で偉そうに話すことは何もなく、
私は「ムリです」と正直にお断りしました。
しかし、主催者の方も
簡単には引き下がってはくれませんでした。
「あなたは実際に育児をしているし仕事もしているでしょう。
その成功例だけじゃなく、失敗例も含めて
あなたが体験されたことを正直にお話くださいませんか?」
何となく「そうか…」と思いました。
子育て中の専業主婦のみなさんに対して
両立のコツを教えてやるぞという
「上から目線」ではなく、
みなさんもこんな間違いを犯さないように、
今はこんなふうに工夫してます、
というような「同じ目線」でだったら、
まあまあいけるかなと、
単純に思いました。
それまでは、講演会の講師を頼まれると、
「何か立派なことを話さなきゃいけない」という
プレッシャーがありましたが、
このとき、何かふっきれたような気持ちになりました。
自分が立派だから、講師として呼ばれたのではなく
みんなよりも先に経験したから、
講師(話し手)として呼ばれただけのこと。
…このように考えると、
話したいことがあれもこれも頭に浮かび、
ドキドキがワクワクに変わったのです。
ちなみに、その日の講演で一番ウケたのは、
おばあちゃんと私の「育児交換日記」
の一部を読み上げたときでした。
これを始めたきっかけは、
私が会社で仕事をしているときに、
自宅にいる子どものことが不安で仕方なくて、
それで、お義母さんに提案してスタートしました。
これを読むと、
便・食事・入浴・体重・健康状態・体温はもちろん、
今日はどのように過ごしたか。
子どもにどのような成長がみられたか。
子守役のおばあちゃんはどんな発見があったか。
そういうことが一目瞭然なのです。
休日の育児担当の私は、
イラスト入りでおもしろおかしく書きました。
でも、平日の担当のおばあちゃんも
負けてはいませんでしたね。
まだ一言も話せない
0歳児の台詞までちゃんとあるのです。(笑)
「おばあちゃん、今日はとっても気持ちよかったよ。
お休みの日、ママも同じようにやってくれるかなあ…」
「今日は渡辺さんのおばさんが3回も握手してきた。
今のうちだけだぞ!」
育児は、毎日同じことの繰り返しで、
負担に思うことがたくさんありますが、
それを家族でどれだけ楽しくできるか。
講演会では、わが家の楽しいアイデアの他に、
子どもが病気で入院したときや、
会社員としての立場からの話も含めて、
いろいろと紹介させていただきました。
人前で話すとき
聞き手の気持ち(興味)を一番に考えて、
話す内容に気をつけているつもりですが、
まだまだ自分の思いを十分に伝えられずに
悔しい思いをすることもしばしば…。
自分の事例をベースに、
笑いのネタもちょっぴり入れて、
自分の思いをしっかりと伝えることが
できたらいいなあ。
…そういう話ができる人になりたいです。
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お昼休みを利用して
ボールペン字の練習を始めました。
『ユーキャン』に申込みしようと思ったけど、
料金が高いので断念。
本屋でいろいろ調べた結果、
文字の美しさと、使い勝手の良さで、
「和田康子さん」著のテキストに決定。
まだ「ひらがな」です。
実は、自宅用として、別のものをもう一冊購入してあります。
小一の次男が国語の宿題をするときに、
隣で、私も静かに文字の練習しようと買いました。
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■現在の自分は、今日までの結果。
■自分の未来は、変えられる。
■やるかやらないか!
■今日という日は、残された人生の最初の日。
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by てんつくマン
「福祉・慈善活動」を無視して生きてる
わけではありませんが、
自分の中で具体的なイメージがないために、
なかなかその第一歩が踏み出せません。
イギリス・スウェーデン・デンマーク等の
福祉国家と言われてる国の事例集を読み、
理論的には(多少)知っているつもりでも
まだまだ知らないことがたくさんあります。
実際そこに住んでいる人たちは
どのように活用しているのか?
あるいは受け入れているか?
あるいは嫌な思いをしているのか?
文句はないのか?
そういう生の声を知りたいとずっと思っていました。
そんなふうに思っていたら
一昨日、いい本を見つけました。
![]() | 盛りを過ぎてもへこたれない国イギリスに学べ (2007/10/31) マークス 寿子 商品詳細を見る |
この本には、イギリスという国のいろんな話が載っていて、
「ボランタリー活動」についても詳しく書かれています。
イギリスではそれを文化として定着させるために、
国家としてどんな工夫をしてきたのか?
これについて、とても興味深い「答え」を見つけたので
一部抜粋して紹介します。
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■田舎の村の小学生たちは水泳を習い始めると、
その成果を評価してお金を出してくれるスポンサーを探す。
子どもたちは「夏休みにプールを十回往復できるようになったら
いくらくれますか?」というふうに大人に頼みに来る。
これはチャリティー活動のため、
ボランタリー活動のためだということを
私たち大人は分かっているので、
「それでは千円あげましょう!」とそれを紙に書いていく。
「○○さん、千円」というように。
一人で何人かのスポンサーを見つけて、もしも十人ならば、
その子が十回ちゃんと往復できたら、
その子は千円ずつ一万円集めるということになる。
その子は、夏休みのある日プールを往復泳ぐのだが、
そこにはちゃんと監督の先生がいて、ずるなしに十回泳ぐと
判子を押してくれるのである。
そうすると、彼はその判子のついてる紙を持ってきて
「ちゃんと泳ぎました!」と言って私にその紙を見せる。
すると私は千円を出す、ほかの人たちも出す。
こうして集まった一万円を、その子は全額
学校がかかわっている慈善事業に寄付する。
このことが、その子にとって非常に誇りになるわけである。■
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…このように、イギリスの子どもたちは、
毎年何をするか考えることも
楽しみの一つになっているようです。
つまり、普段自分がやっていること、
例えば「かけ算の九九が百回言える」みたいな
努力目標を自分で決めて、いろんな人たちと約束を交わし、
そして結果を出したら、約束のご褒美を集めに回り、
それを全部寄付するということが
イギリスの子どもの奉仕活動、慈善活動の中心を
なしているようです。
日本の場合だと、
「かけ算の九九」が正確に言えたら、
お母さんからご褒美をもらい、
そして、それを貯金したり、
自分のオモチャを買たりするというのが、
普通の家庭だったりしますが…。
このように、日本とイギリスを比べると、
「子ども」と「お金」の関係に大きな違いがあるのですね。
これは社会の中での、
このようなことへの「評価の仕方」に大きな問題があると、
著者のマークス寿子さんは指摘しています。
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■慈善事業などにお金を寄付するということを
みんなが評価して、それが学校の成績にならないとしても、
子どもたちの生活の中で、
「いいことをやっている子」だという評価につなげることを
社会がやらない限り、
ボランタリー活動とか慈善活動というのは
自己満足に終わってしまうだろう。
「誰も評価してくれないのから嫌!」ということになって
しまうのではないかと思う。
反対に、お金を貯めた子とか、
小学校4年生だけど株をやって儲けた子なんかが
評価されるようなことになれば、当然、無償でやる奉仕活動は
いくら政府が力を入れても、
子どもたちは「そんなことしたって何にもならないよね」
ということになってしまうのではないかと思う。
従って、国が奉仕活動やボランタリー活動を
広げていきたいと本当に思うのだったら、
ここから手を打っていかなければならないだろう。■
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イギリスでは、どこの学校でも子どもが小さいときから
ボランタリー活動をやらせていますが、
決して強制ではなく、それで成績をつけたり、
単位をとったりということはしていないそうです。
しかし、彼らが学校を卒業するときから、
「履歴書」にはどんなボランタリー活動をしたかを
きちんと書かかなければならず、
そのことが一生ついて回ることになります(!)。
ちなみに、イギリスでは
1970年くらいから政府の方針で、
ボランタリー活動の「NPO」が作られています。
ボランタリー活動は、
好きな人が勝手にしなさい、
奉仕したい人が勝手にやってください、
ということでは絶対にうまくいかないことを
イギリス人は知っています。
ですから、ボランタリー活動に参加する人たちには
訓練のプログラムが用意されており、
「活動を通して知った情報は、他に漏らさない」等の
厳しいルールも設けられています。
このように、ボランタリー活動については、
まだまだ私たち日本人が
他国に学ばなければならないことが
たくさんあります。
しかし、少子化問題を抱えているわが国が
絶対に定着させていかなければならない活動、
その一つが、私はこのボランタリー活動だと思ってます。





